香川県医師会報 2007

 

教授就任にあたって

    これからの形態学研究

香川大学医学部形態機能医学講座組織細胞生物学 教授 荒木伸一

 

 この度、波多江種宣前教授の後任として、組織細胞生物学を担当させていただくことになりました。地方大学、医学部を取り巻く環境がますます厳しさを増す状況で、2代目教授としてバトンを渡され、責務の重さに身の引き締まる思いであります。私が、この香川医科大学へ第二解剖学の助教授として赴任し、はや10年が経とうとしています。その間、大学法人化、香川大学との統合という大きな波にもまれながらも、前教授と共に解剖学教育と形態学研究の発展に努めて参りました。まだまだ十分とはいえませんが、これまでの本学における教育・研究活動への取り組みを評価していただき、教授として選任して頂けたことはこの上ない喜びであります。 

 私は、この十年来、本学においてマクロパイノサイトーシス、ファゴサイトーシスという細胞外からの液相および固体異物の取り込み様式を形態学的に解析してきました。この細胞現象は、細胞の普遍的機能としても重要であり、また、自然免疫、獲得免疫や微生物の感染経路としても利用されるため、その分子メカニズムの解明は、近年特に注目されています。これからもこのテーマを中心に研究を継続、発展させていくつもりですが、さらに、細胞内情報伝達や機能分子の時空間情報を、顕微鏡を通じて得ることから様々な細胞の機能、働きを分子レベルで解明したいと考えております。

 現在、私が主力としている方法論は、本学に赴任してくる少し前にハーバード大学ではじめたバイオイメージングという形態学の技術です。これは、普通の形態観察だけでは見えないシグナル伝達のような現象を、分子生物学を応用して生きた細胞内で可視化し定量解析することです。特定の遺伝子や個々の生体分子が細胞や組織の中で、いつ、どの様に分布し、機能しているのかをシステマティックな生命現象として解析するイメージング技術は、機能ゲノム科学の細胞〜生体レベルでの解析の中核をなすストラテジーであり、今後ますます需要が高まると思われます。しかし、経験の無いものにとってこのような形態学的技術は、装置の操作や画像を読むことへのなじみの薄さという障壁があり、一人では簡単に着手しにくいものでしょう。卒業生の皆様、これから形態学的な研究を始めたいと思っている方、既に研究を行っている方でこれから少し形態学を取り入れてみたいと思われる方、是非、組織細胞生物学研究室をお訪ね下さい。同窓生の皆様や香川大学医学部全体の研究の発展に寄与できることを心から願っております。

 現代社会では大学での研究も実用化、イノベーション創出につながる成果を期待するようになっています。基礎研究から応用研究・実用化へと発展させていくためには、他の基礎医学および臨床医学分野の研究者とも連携を深め、お互いの研究を学際的に展開していくことも重要でしょう。しかしまた、たとえ直ぐ社会に還元できる研究でなくとも、サイエンスの世界で真の価値を見出せる研究に誇りをもって取り組んでゆきたいと望んでおります。世界高水準の研究成果を継続的にプロデュースすること、これが基礎医学研究者としての私の願い、本心です。

 今後とも、皆様の力強い御支援と御協力を心よりお願い申し上げつつ、教授就任の御挨拶とさせていただきます。

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香川大学医師会報 ニューリーダーに聞く

 

リサーチマインドを持った臨床医を育むための基礎医学

 

組織細胞生物学    荒 木 伸 一

 

 波多江前教授の後任として、組織細胞生物学の教授に就任し数ヶ月がたちましたが、准教授ポストも凍結状態のまま解剖学組織学講義実習が始まりその準備に追われる毎日です。今現在は、研究を行う時間も十分なく、人や資金も十分とはいえませんが、早く香川大学医師会の多くの皆様と交流を持ち、研究面においても御協力ができる日の来ることを楽しみにしております。

 さて、本稿で何について書くべきか思案しましたが、研究については香川県医師会報の「就任の挨拶」で既に書かせていただきましたので、今回は、医学教育についての話題に触れさせていただきたいと思います。私は、医学部学務委員や全学大学教育開発センターの委員を務めている関係上、最近、何度か大学教育関係の会合に参加させていただきました。ただ会合に参加したしただけの耳学問で恐縮ですが、リサーチマインドをもった臨床医の育成、自己問題解決能力の開発というようなことが今の医学教育においての重要なキーワードとなっているようです。問題解決型自己学習システムの構築、ケーススタディ、チュートリアル教育がその方策の代表としてあげられます。本学においてもケーススタディ・チュートリアル教育として既に取り組んでおりますが、学生の評判は千差万別であり、自主学習としての効果を上げている一方、不満足な点もあるように伺っております。私自身も統合講義のチューターとしてその教育に参加しておりますが、私の印象としては、既にそのような問題解決能力を得た人が、主導権をもってその解決にあたり、そうでない人はリーダーとなる人に指図されて調べ物をしているだけ、あるいは仕事もせずに取り残されている人もまれにいます。このような風景は、一般社会においてもごく普通に見受けられる構図であり、彼らの将来の姿を予見しうるような気になります。私自身のチューターとしての力量不足ということもございますが、学生の自主性に任せるケーススタディ学習法は、できる学生には非常に効果的であり、そうでない学生には無駄になっているように感じます。

 このような学生の間での問題解決能力の差は、既にチュートリアル教育を始める前からかなりついているように見受けられます。すなわち、これは各人の問題解決に応用すべき基礎知識やその扱い方の差によるものではないでしょうか。ケーススタディに応用すべき基礎的知識がしっかり身について自分のものになっていなければ、どのように問題に対処すべきか分からないのです。ですから、実践的なチュートリアル、問題解決型自己学習システムも重要ですが、やはり基礎医学の学習は軽んじてはならないということです。問題解決能力を育むためには、基礎医学の教育方針にも改革が必要です。重要な基礎事項を完全に理解し、それを応用できるようにすることが重要です。また、従来のように、教員が学生により多くの知識を伝授し、学生はそれを(試験のために)記憶するのではなく、学生に必要な知識の得方、扱い方をマスターさせることで、膨大な情報、知識を自分のものとして、問題解決に活かせるようなってもらいたいと考えています。これが、将来、リサーチマインドを持った臨床医としての資質として非常に重要になるのではないでしょうか。しかし、教育というものは、教員が努力しても直ぐにその効果が現れるかどうか分かりません。これから、試行錯誤しながらも、我々、教員の想いが正しく学生に伝わり、学生自身のモチベーションが高まるよう努力を続けていきたいと思います。

 皆様にも、御教示、御協力を願うこともあろうかと思います。その節にはどうぞよろしくお願い申し上げます。また、「このあたりはもっときちんと教えておいてほしい。」「新しい内容にアップデートすべきだ。」というような診療科から当方への要望もあろうかと思います。どうぞ御遠慮なく、率直な御意見を聞かせて頂ければ幸いに存じます。