てんかん関連のコラム

星和書店の「精神科治療学」誌に連載された臨床てんかん学に関するコラムです.

全体で12種類の領域に関する簡明な紹介となっています.

不思議の国のアリス症候群 てんかん患者の突然死 脳波検査の未来
虚偽にならない治療期間の説明 てんかんの外科治療 医療経済学
抗てんかん薬の開発治験 名人芸的な処方 疾患からの解放
医原性の精神症状 てんかん患児の予後 就労と結婚

不思議の国のアリス症候群

  てんかんの周囲には多彩な症候群が存在する.「不思議の国のアリス症候群」の病名は,1865年に著作されたCarrollの小説のキャラクターに基づいている.本症候群は,1955年にToddが提唱した概念であるが,主人公のアリスは物体の大きさと形の動揺に悩まされる. 本症候群の主徴は身体感覚の変容である.小説にみられる歪曲した身体イメージ に例証されるように,てんかんや偏頭痛の患者が経験する,静止物質の大きさ,距離,位置などの錯覚的変化,浮遊動揺感,時間経過感覚の異常などが観察される.Carrollが古典的偏頭痛に罹患していたという理由で,彼自身がこの症候群を経験していたと推定している研究者もいる.偏頭痛は,代表的なてんかん境界状態であるが,後頭葉てんかんに関する近年の知見を参照すれば,偏頭痛とてんかんを明確に分離できるかどうかは疑問である.このような意味からも,本症候群の存在は示唆的である.

てんかん患者の突然死

 突然死とは予測できない状況で突発する死亡である.多彩な疾患で生じた突然死が報告されているので,てんかん特有な現象ではないが,"Sudden Unexpected Death in EpilepsySUDEP)"という術語に示唆されるように,てんかんにおける相対的頻度の多さは否定できない.てんかん発作に起因する死亡は例外的であるが,てんかん患者の平均寿命は健常者に比し有意に短い.このことは,専門医には周知のことである割に,この問題が実地臨床での話題となることは稀である.事実を告知しても有効な対策は困難であり,患者と家族の「救いのなさ」という自覚を増強させる結果になりかねない.このような状況であるが,今後のてんかん治療で突然死の問題を回避することはできない.患者の死亡を積極的に防止する対策は,現在の臨床てんかん学における重大な治療的課題である.

脳波検査の未来

 てんかんの外科治療の普及は,正確な焦点部位判定の重要性を増加させた.すでに頭皮上脳波の意義を再検討すべき時期が到来している.脳波は今後も技法的改善を継続する であろうか.著者の印象は否定的である.中枢神経系の検査は,かつては脳波と放射線に限られていた.てんかんは,脳の構造ではなく機能が障害される疾患であるため,前者の意義は後者を上回っていたが,頭皮上脳波による側頭葉深部の情報把握は隔靴掻痒の感があった.そのために蝶形骨誘導や鼻咽頭誘導が開発され,さらには頭蓋内脳波記録が導入された.その結果,入手できる情報の精度は大幅に改善したが,患者に対する侵襲も著しく増加した.現在では,PETや機能的MRIなど,非侵襲的な脳の機能検査が開発された.このような理由から,著者は脳波の技法的改善の可能性を否定的に考えている.頭皮上脳波は,今後も安全かつ簡便なスクリーニング検査にとどまるであろう.

虚偽にならない治療期間の説明

 治療開始時には予想される治療期間を説明すべきである.患者と家族の不安は治療開始の宣告で一層増強する.治療が無期限であれば,救いの無さという自覚がさらに助長される.多数の医師は治療期間を説明しているが,しばしば虚偽に終わるという現実が問題である.最も多い説明は「最低3年程度」という内容である.最低という用語に自己防衛が付随し,「3」は時に「多」の同義語である.患者と家族の理解は異なっている.最低という付帯条件は容易に忘却され,「3年間」を耐え忍べば苦悩から解放されるという救いが生まれるが,実際の治療が3年で終結できることは必ずしも多くないからである.この問題に対する著者の態度は明確である.「少なくとも3年間,理想的には5年間の完全抑制が達成されれば,治療終結の可能性が生まれる」と告知する.全患者に対して虚偽にならない説明であり,治療意欲の亢進と規則的服薬の維持にも有用と確信している.

てんかんの外科治療

 最近の海外文献を渉猟すれば,てんかんの外科治療に関する研究報告が急増している.近代的外科治療の嚆矢は,部分てんかんに対する側頭葉切除術であったが,現在では適応となるてんかん類型と対象症例の範囲が拡大している.約20%のてんかん患者は薬物治療に抵抗する.外科治療の候補者は,そのうちの約50%と考えられているが,実際の手術例は必ずしも多くない.アメリカの例をみても,治療適応がある患者は100,000例以上であるが,現実の手術例は年間1,500例程度に過ぎない.てんかん外科は,従来の本邦では廃棄された領域であったが,最近では手術例が徐々に増加している.著者が主治医である患者の約20例が手術を受け,少なくとも5例がすでに薬物治療を終結した.このことは,疾患からの完全な解放を意味している.これらの症例に生じる心理社会的転帰の劇的な改善をみれば,さらに有効かつ安全な手術技法の確立を待望したい.

医療経済学

 医療経済学は,従来の臨床てんかん学が無視してきた領域である.近年,てんかんの経済的影響が注目され,この問題はQOL研究の主要な分野に組み込まれている.最も単純化すれば,医療のコストパフォーマンスを重視しようとする視点である.薬物治療に際しても経費と効果の均衡を維持すべきである.相対的な経費をみると,少量のphenobarbital1とすれば,大量の新たな薬物は1,000以上に達している.単剤治療と多剤治療の経費を比較すれば,後者がはるかに高額となることは明らかである.TDMを含む諸検査は,てんかん治療に要する経費のかなりの比率を占めている.このような検査が有意義である前提は,費用に値する情報を提供することである.そのような価値のない検査は,限りある医療資源の無駄遣いである.本邦の出来高払い制医療に由来する問題も多いが,TDMが単なる点数稼ぎの手段となってはならない.

抗てんかん薬の開発治験

 20005月,新たな抗てんかん薬であるclobazamの市販が開始された.過去の本邦で最後に登場した抗てんかん薬はzonisamideであったが,その時からすでに10年を超える日々が経過している.多数の難治例に対する薬物治療は長期にわたり大幅に停滞していた.Clobazamの抗てんかん作用は,1978年にフランスで発見されている.著者もclobazamの開発治験に参加したが,臨床研究が実施されたのは19911992年であった.近年の本邦では,新世代の抗てんかん薬の認可が著しく遅延している.このような現象は世界的にも異例である.本邦の現状を見ると,複数の新世代の薬物が臨床研究の進行中に放棄された.現在,lamotriginetopiramategabapentinの治験が進行中であり,薬理学的特性からはいずれもが価値ある薬物と思われるが,近日中に市販される可能性は期待できない.この問題に関する日本てんかん学会の主導的な対応を期待したい.

名人芸的な処方

 予期しない偶然から四国88所の「車遍路」を開始した.巡礼には習慣性と依存性が秘められている.定年後,「歩き遍路」に挑戦しかねない勢いであるが,初老期を自覚した諦観が潜在している可能性も否定できない.これまで,「今時の若い医師」などという表現を用いたことはないが,このような事情であるためにあえて苦言を呈する.処方内容の過度な複雑さである.昼食時に強制される服薬は患者の羞恥につながる.デパケンR2005212毎食後などという処方は,患者のみでなく薬剤師の先生方を悩ませ,確実にコンプライアンスを低下させる.著者自身,複数の生活習慣病の患者である.すべての薬物を11回朝食後投与とし,360365日程度は確実に服用している.まさに"Simple is Best!"である.多数の若手医師が名人芸的処方に走っている現実は,薬物治療を万能視する現状の反映のようで悲しい.

疾患からの解放

 新たな抗てんかん薬の開発試験における改善の指標は,発作頻度が50%以上減少することである.これは治療者の視点(Quantity of Life)に基づく定量的な評価である.患者の視点(Quality of Life)に基づく定性的な評価は,このような現象が改善であるとは見なさない.Quality of Lifeの評価尺度を用いた研究によれば,患者と家族の主観的判断による改善が達成されるためには,発作頻度の減少でなく消失が必要なことが示唆されている.発作の消失は,てんかん性障害に由来する社会的な問題の大幅な軽減を意味するが,服薬に付随する心理的な負担は変化しない.てんかん患者が疾患の苦悩から完全に解放されるには,発作が完全に消失することのみでは不十分であり,薬物治療の永久的な終結が可能とならなければならない.脳外科的手術によるてんかん治療の最大の意義は,このような理想的環境をもたらす可能性に求められている.

医原性の精神症状

 臨床医の使命は,疾病や障害に付随する苦悩を軽減することである.治療の結果,患者の苦悩が増強したとすれば,本末転倒であり治療という名に値しない.典型的な例は医原性の精神症状である.てんかん患者に出現する精神症状の一部はこの機序に基づいている.このような精神症状の多くは,合併症として理解されるべきであり,病的機序の把握が適切な対策に直結する.医原性の精神症状は,成因に関する洞察を得ることで容易に改善するが,実際にはしばしば潜在性かつ遷延性の経過を示している.医師の習性として,患者の症状が他の機序で説明できる際には,治療に由来する有害事象としては認めたがらない傾向がある.このような意味から,てんかんは都合の良い疾患である.すべてをてんかん性機序に結びつければ事足りる.プライドの高い多数の医師は,このような状況でも自己の治療が適切であると盲信し,患者と家族もその医師の指導に盲従している.

てんかん患児の予後

 著者は精神科医であるが,比較的多数のてんかん患児の治療を経験してきた.小児患者の治療に際しては,成人患者の治療以上に,正確な長期予後の予測が不可欠となる.このことなくしては,包括的な援助システムの構築が不可能となるからである.軽症例と重症例の患児の転帰は著しく解離する.一方の極には,健全な社会人としての自立が治療目標となる患児がいる.他方の極には,早期から治療教育とハビリテーションを考慮すべき患児がいる.これらの患児に同じ治療目標を適応することは不合理である.小児患者では成人患者よりも軽症例と難治例を明確に分離できる.最も信頼性の高い小児患者の予後規定要因は,発作間歇期における心身の合併症の有無である.著者の印象を率直に説明すれば,てんかんの発作型や症候群の相違には関わりなく,合併症を示さない大多数の患児は寛解状態に達し,合併症を示す大多数の患児は難治経過を示すからである.

就労と結婚

  てんかん性障害の特徴は,若年で発症して慢性の経過を示すことである.てんかん患者が居住している現代社会は,障害を有する人々に受容的な環境ではない.最大の問題は疾患に付随する社会的不利である.社会の進歩が正しい理解の普及につながれば理想であるが,本邦の実情はそのような改善を示していない.自動車の運転免許,理容師免許,美容師免許,調理師免許,栄養士免許,診療放射線技師免許に関しては,法律が絶対欠格と規定している.これらの合理的な根拠を欠く制限が,明らかな就労の制約となっている.本邦においては,男性患者の晩婚化傾向が著明であり,薬物の催奇性が出産を望む女性患者の重大な悩みとなっている.就労と結婚は成人の社会適応の指標である.疾患名をどのように告知するかが,これらの問題に共通する心理的な重圧である.修郎と結婚の実態を規定する要因を分析すれば,てんかん性障害の複雑な影響を力動的に表現できる.

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