

偽性陽性と偽性陰性の誤診
てんかんは誤診の頻度が高い疾患である.脳波検査が,誤診の原因となる可能性を認識すべきである.脳波検査は,偽性陽性/偽性陰性という双方向性の誤診を増加させる.さらに,脳波を判定する医師の能力が,検査の臨床的意義に決定的な影響を及ぼす.てんかん診断は,最終的に医師の臨床診断に委ねられる.脳波を含め絶対的価値のある検査はない.脳波判定に習熟していない医師は,所見をてんかん診断の指標にすべきではない.
誤診の背景
てんかん診断が誤診であれば,患者と家族に重篤な心理社会的影響を及ぼす.てんかんは誤診の頻度が高い疾患であり,非患者を患者と判定する誤診(偽性陽性)と患者を非患者と判定する誤診(偽性陰性)が生じる.心理社会的影響を考慮すれば,前者の誤診は後者の誤診より罪が重い.
著者の外来を受診する多数症例は,他施設で改善がみられなかった難治例である.これらの患者に誤診例が含まれることは悲惨な現実である.てんかん診断の実態を紹介する.てんかんの疑いで専門外来を受診した603例の最終診断をみると,27%の患者のてんかんは誤認であった(精神疾患16%,神経疾患10%,身体疾患1%)(Kugoh T : Jpn J Psychiatr Neurol 42; 449-457, 1988).
てんかんが誤診される最大の要因は,すべての検査が補助的価値しか示さず,診断を確定できる異常所見がないことである.診察は発作間歇期に行われる.医師が発作を目撃できる機会は少ない.正確な病歴聴取の価値が最も高い.患者から十分な情報を聴取するが,発作時の意識は障害されていることが多い.患者の状況を熟知している家族から,詳細な情報を補完することが不可欠となる.最終的な診断は医師の臨床判定に依拠する.治療者の資質が最大の鍵であることを忘れてはならない.
信頼性と妥当性
価値ある検査の妥当性と信頼性は良好に維持されている.てんかん診断における脳波は,例外的に妥当性と信頼性が低い検査である.判定を誤れば双方向性の誤診につながる.注意を要するのは,脳波異常を伴う非てんかん患者と,脳波異常を伴わないてんかん患者が存在することである.
健常者における発作性異常波の出現率に関する数値は多様であるが,平均すれば約5%の健常者がこのような波型を示すと報告されている.その頻度は著しく年齢に依存する.特に問題となる所見は小児の焦点性異常波であり,このような放電を非てんかん性と考える立場もある.このような実態を考慮すれば,発作性異常波の存在を根拠にてんかんと診断することはできない.
通常の臨床で記録されるのは間歇期の頭皮上脳波である.診断が確定したてんかん患者でも,間歇期脳波の異常波出現率は高くない.約15%の患者は,検査を繰り返しても常に正常所見しか示さない.5回以上の検査を繰り返した66例に観察された棘波出現率が報告されているが,反復検査時における異常波出現率は症例ごとに大幅に相違し,20%の症例の判定は常に陰性であった(Hosokawa
K et al : Folia
Psychiat Neurol Jpn 33; 141-146, 1979).このような実態を考慮すれば,発作性異常波の不在を根拠にてんかんを否定することもできない.
脳波所見の判定
持続性異常と突発性異常の両面から脳波所見を判定する.前者の異常は,てんかん診断の根拠にならない非特異的所見である.後者の異常は,てんかん診断の根拠になる特異的所見であるが,誤診につながる多数のてんかん様異常波型の存在を認識すべきであり,脳波判定に際しては,正常,てんかん性発作性異常,非てんかん性発作性異常,非発作性異常に4分することが不可欠になる.
てんかんが疑われた患児の母が入室する.診察室の机には記録された脳波が置かれている.医師は熱心そうに脳波を観察するが,てんかん性異常所見の有無には自信がもてない.母は心配そうに医師の顔色を窺う.医師は,「たいした異常はないが,やや気になる所見がある」と結果を厳かに説明する.実際には何の説明にもなっていない.医師の曖昧な態度が母の不安を加速する.これは若き日の著者の姿であるが,医師の脳波判読能力は疑問視されている.
海外文献を参照すれば,脳波所見の判定が治療者ごとに著しく相違すると指摘されている.一致率はてんかん性異常波が最高であったが,相関係数は0.58に過ぎなかった(Van Donselaar C A et al : Arch Neurol 49; 231-237, 1992).このような現実は医師に限られた問題ではない.無作為に抽出されたアメリカの脳波技師(100名)の判読能力が調査されているが,専門職による脳波の解釈にもかなりの解離が見いだされている(Williams G W et al : Neurology 35; 1714-1719, 1985).
医師の資質
臨床診断と脳波判定の鍵は医師の資質である.イギリスてんかん協会は,非専門医による誤診の理由を調査し,主要な原因は医師の知識不足であると指摘している.医師の資質に関する欧米の調査は良好な結果を示していない.多数症例が適切な治療を受けているという仮定は空論である.
脳波の判定に自信がない医師は,てんかん診断に所見を応用すべきではない.世界保健機構は,てんかんを「種々の病因に基づく慢性の脳疾患であり,大脳神経細胞の過剰な発射に由来する反復性の発作を主徴とし,それに変化に富んだ臨床所見と検査所見の表出を伴う」と定義している.てんかん診断の鍵は,患者が示す臨床徴候をこの定義と厳密に照合させることである.その結果,曖昧な脳波所見を参照する以上に,診断の正確性が飛躍的に向上する.
てんかん治療は,専門医のみが担当すべきであると主張する研究者もいる.著者には,このような意見は極論と感じられるが,治療のすべてを非専門医に委ねることも問題である.治療の鍵となる状況では,専門医の判断と助言を受けることが不可欠である.適切な治療を阻害する要因は,専門職である医師の過剰な矜持かも知れない.このような現実を熟視すれば,てんかん臨床に携わる臨床医として真摯な研鑽を怠るべきではない.本稿は自戒の意味を含めて記載した.
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