供述調書の信頼性

はじめに 

一件記録は,司法精神鑑定における最も重要な基礎資料であるが,多彩な情報を正確に解釈するためには,ある程度の経験の蓄積が必要である.

被告人の供述調書は,一件記録に含まれる資料の中でも最大の努力を傾注して精査すべき情報である.被告人の供述調書は,捜査段階の供述調書と公判段階の供述調書に大別できるが,鑑定人は双方の内容を対比させて吟味する努力を怠るべきではない.

これらの供述調書の内容に顕著な矛盾が観察されない場合には,比較的容易な精神鑑定と考えることが可能である.大幅な解離が見いだされる場合には,その原因を検索するために多大な労苦が不可欠となる.

実際の裁判はしばしば長期化するが,その原因の一部は,被告人が捜査段階の供述調書の内容を公判段階で否認することに求められる.このような実状を考慮すれば,正確な鑑定を実施するためにも,鑑定人は独自の立場から,供述調書の妥当性と信頼性を検討しなければならない.

このような視点に基づいて,本稿では一件記録に収録されている供述調書を解釈する際に必要な基礎知識を解説する. 

供述調書の種類 

 司法精神鑑定における供述調書の位置づけは,臨床精神医学における問診所見に他ならない.精神医学的診断過程では,患者からの主観的情報と関係者からの客観的情報の照合が最も重要な意義を有しているが,このことは司法精神鑑定の実務でも同様である.

鑑定人が利用できる供述調書は,情報の提供者から2種類に区分できる.すなわち,被告人による供述調書と参考人による供述調書であり,前者からは主観的情報,後者からは客観的情報が入手できる.これらを照合して考察するという診断過程は,臨床精神医学と完全に一致しているが,客観的情報を提供する参考人には,被害者や被告人の家族や関係者など,利害が対立する立場の関係者が含まれるために,錯綜した心理的力動が作動することをわすれてはならない.

鑑定人が利用できる供述調書は,時間的な経過から3種類に区分できる.すなわち,捜査段階,公判段階,および鑑定段階で入手された供述調書であるが,このような供述調書は,それぞれ警察官と検察官,弁護人と監察官と裁判官,および鑑定人によって聴取されるものである.

 著者の経験から考慮すれば,参考人の供述調書は,いずれの段階で聴取されたものであれ,比較的矛盾の少ない内容が記録されているが,被告人の供述調書は,しばしば大幅に解離した内容が展開されている.そして,最も顕著な相違が観察されるのは,捜査段階と公判段階の供述調書の内容であり,鑑定人の質問に対する被告人の回答は,相対的に後者に類似した内容のことが多い.

 供述調書に存在する解離のすべてが,司法精神鑑定の業務に重要な影響をもたらすわけではない.しばしば観察される解離は,事件の動機と関連した内容のものである.具体例を示せば,被害者を殺害した時点における被告人の殺意の有無に関する判定である.その結果は,殺人罪と傷害致死罪のいずれを適応するのかを決定するという理由で,処分内容との関連から極めて重要な意義を有しているが,この種の判断は裁判官の専権的な裁量に委ねられるべき事項であり,鑑定人の職務とは基本的に関係しない問題である.

 司法精神鑑定の業務に重大な影響を及ぼす解離も多い.酩酊犯罪の精神鑑定においてこの種の問題が多発する.具体例を示せば,犯行時の被告人が,自己の行動に関する記憶をどの程度保持していたかの判定である.酩酊犯罪時の被告人が,単純,複雑,病的のいずれの酩酊を呈していたのかは,責任能力の判定に決定的な影響を及ぼすので,この問題を解明する作業は,酩酊犯罪の精神鑑定における鍵となるべき事項である.

 このような問題を解決するために,著者が被告人の供述調書を精査する際には,捜査段階と公判段階の供述調書を分離し,それぞれの時期に聴取された供述調書を時系列的に並べ替えた後に,これらを比較検討するで整合性を分析している.さらに,個別の供述調書の内容を司法精神医学的に検討し,主要な事項を要約した形式の文書ファイルを作成している.最後に,鑑定人自身が聴取した鑑定時における供述内容を,一件記録に掲載されている2種類の供述調書と照合している.著者は,被告人の供述調書に内在する疑問点を解明するためには,このような操作が不可欠であると確信している.多大な時間と忍耐を要する作業であるが,被告人の供述調書の妥当性と信頼性を検討することは,正確な刑事精神鑑定を実施する上で,核心部分となるべき領域であると考えている. 

捜査段階の供述調書 

 鑑定人は,一件記録に記載されている内容のすべてを,妥当性と信頼性が維持された情報と考えるべきではない.特に多くの問題を有しているのは,捜査段階で聴取された被告人の供述調書である.

 捜査段階の供述調書は,専門的知識を有する警察官と検察官が聴取した情報を記録したものである.本来であれば,被告人の供述内容が正確に表現されているはずであるが,現実にはしばしば紛糾の原因になっている.混乱を招く最大の理由は,捜査段階の供述調書が,捜査官の質問に対する被告人の回答の逐語的な記録ではなく,捜査官が要約した内容であるという事実に求められる.

 捜査官は,このような供述調書の作成に際して,自己が要約した内容を被告人に読み聴かせ,被告人が同意したことを示す署名と捺印を得た上で,証拠能力を有する供述調書として法廷に提出している.したがって,一応の精度は維持されていると思われるが,逐語的記録と比較すれば,正確性がある程度低下するという現実は避けられない.

著者の経験から考慮しても,捜査段階で聴取された被告人の供述調書は,過度に理路整然とした事実経過が記録されている傾向がある.その原因の一部が,捜査官の主観的判断が混在したことに基づく人為的整合性である可能性も否定できない.

捜査段階の供述調書を精査する鑑定人の立場として,捜査官の人為的な操作を過度に強調することは疑問であるが,無批判的にすべての内容を事実と即断することも受け止めることも危険である.この種の供述調書が作成される実態を認識すれば,精神科医である鑑定人の視点に基づいた妥当性と信頼性の再検討が不可避の作業となる.

犯行時の行動に関する被告人の記憶は,この時期の精神状態を解明する上で重要な意義を有する事項であるが,記憶障害の程度の正確な推定は至難の作業である.犯行後の時間経過とともに,自然に生起する忘却過程,責任能力の減免を意図した無意識的抑圧,捜査官による教示や誘導など,記憶に影響する多彩な修飾要因が発生するからである.

これらの不純な因子の影響を回避するためには,操作段階の供述調書の要点を時系列に応じて並べ替え,供述内容の変遷を分析する作業が不可欠である.記憶内容が,時間経過とともに豊富となってくる事例に遭遇することも多い.失われていた記憶が回復した可能性も否定できないが,多くは捜査官の教示や誘導の結果である.

このような意味から考慮すれば,被告人の記憶内容に関しては,犯行直後に作成された現行犯人逮捕手続書や弁解録取書の価値が高い.時間的に不純な因子の影響が無視できるので,精度の高い記憶に関する情報が聴取できる可能性が高いからである.

特に被告人が同席した実況検分後に聴取された供述調書であるが,遅い時期に聴取された捜査段階の供述調書には疑問が多い.多彩な要因による錯綜した影響が避けられず,記憶の歪曲が加速されるからである.

警察官による供述調書は,一定のマニュアルに従って聴取されているに違いない.最初に被告人の家族歴,既往歴,生活歴が,ついで犯行に至る経緯が,最後に犯行時の状況が聴取される.このように,時系列に連動した操作の過程で,犯行時の記憶が変化する.鑑定人の考えでは,逆の順序で聴取すべきである.最も正しい記憶が保持されているはずの初回捜査が,公務員になった経歴など,事件と無関係な内容の聴取に費やされている現状は大いに疑問である.

公判段階の供述調書 

公判段階の被告人の供述調書は,裁判所速記官が,司法官の質問に対する被告人の回答を逐語的に記録したものである.このような特徴を有しているために,捜査段階の供述調書以上に被告人の主観的な見解が明快に表現されていることが多い.

被告人に対する司法官からの質問は,弁護人,検察官,裁判官という順序で行われることが多い.職務の特徴に応じて,弁護人の質問は保護的,検察官の質問は攻撃的な傾向を有することは当然である.裁判官からの質問は,比較的手短であることが多い.

著者が一件記録を精査する際には,捜査段階の供述調書と対比させながら,公判段階の供述調書を読み進めていく.著者が最も気になる問題点は,被告人の回答の任意性に関する疑義である.正直に表現すれば,頻回に誘導尋問が出現している事実である.

被告人に対する弁護人の質問に際して,弁護人はしばしば捜査段階の供述内容の任意性に疑義を表明する.そして,そのような供述が,捜査官の誘導や教示によって歪曲された内容であると主張する.弁護人の職務を考慮すれば,このような指摘は当然のものであるが,鑑定人は弁護人の質問自体が豊富に誘導や教示を含むことを問題視している.

著者の経験によれば,精神科医と司法関係者の供述の任意性に関する感覚は,かなりの程度に相違している.具体例をあげて説明する.精神科医は,「犯行当時の記憶はどうですか」と質問し,被告人が「あった」ないし「なかった」と回答すれば,任意性が維持された回答と考える.司法官は,しばしば「犯行当時の記憶がないのですね」と質問し,被告人が「はい」と回答しても,任意性が保証された回答と考える.精神科医の視点からは,このような質疑は完全な誘導尋問である.

著者が精神科医の研修医であった頃,精神医学的面接では,医師が「気分はいかがですか」と質問し,患者が「憂うつです」と回答すれば,抑うつ状態と解釈できるが,医師が「気分は憂うつですか」と質問し,患者が「はい」と回答しても,抑うつ状態とは解釈できない.後者は,教示を含んでいるために,不適切な質問であるということを繰り返して教えられた.

被告人から正確な供述を入手するという意味では,司法官(捜査官や弁護人)と鑑定人(精神科医)の目的は共通しているが,そのような供述を引き出す方法論には大きな解離が認められる.司法官は法学的方法論,鑑定人は精神医学的方法論に基づいて,被告人の供述内容を聴取する.精神医学的な接近法を採用すれば,供述の任意性は最大限に保障される.法学的な接近法を使用すれば,供述の信頼性が低下するように感じられる.

過度な誘導尋問は,裁判官が質問の中止を求めることがあるが,法学的方法論を用いる弁護人が,同じ方法論を用いる捜査官が聴取した供述調書の任意性を問題視する.このような事態は,公判段階の供述調書にしばしば見いだされる現象である. 

参考人の供述調書 

 著者は,被告人の平素の状況に関する客観的な情報を提供することが,参考人による供述調書の意義であると指摘した.事実,被告人の家族歴,幼小児期の既往歴や生活歴を解明するためには,両親の供述調書を入手することが不可欠であり,教育関係者や職場関係者は,被告人の教育と就労面の適応状況に関する価値ある情報を提供できる.

鑑定人が,この種の供述調書を参照する際には,情報の提供者である参考人の客観性に関する検討が必須になる.著者が経験した殺人事件の精神鑑定に際して,被害者である女性の友人は,「善良な社会人であった罪のない被害者を殺害した被告人を重く罰してほしい」と力説していたが,被告人である男性の友人は,「純粋な被告人がこのような事件を起こしたのは,狡猾な被害者の手練手管に踊らされた結果である」と強調していた.同様の意味から,被害者自身,被害者の家族,さらには被告人の家族の供述調書に関しても,客観性に関する検討が必要である.

一件記録に収録されている供述調書に共通する通弊であるが,医学的重要性という視点からは,被告人の家族歴,既往歴,生活歴に関する情報が大幅に不足している.情報の提供者が,被告人に限られている場合には,幼小児期の状況が把握できるはずがない.このような場合には,鑑定人が独自に被告人の家族などに面接にて,必要な情報を充足するという作業が不可欠となるが,関係者のプライバシーを重視するとともに,被告人と関係者の間で生起する,複雑かつ微妙な心理的力動に配慮しなければならない.

おわりに 

最後に,本稿の内容の妥当性と信頼性を検証する作業が残されている.著者は,医学関係の専門誌に掲載された本稿が,司法関係者の目に触れるはずはないと確信したいが,ある程度の懸念は抱いている.

特に証人喚問された法廷で接する検察官の峻烈な表情を思い出せば,任意の供述を入手する上で,法学的接近法の価値は精神医学的接近法よりも劣るなどと指摘したことに多少の悔悟を感じているが,鑑定人は裁判官の代理人として,真実と確信する内容を証言する義務を有している.

著者は,本稿を記載するに際して,「良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,何事も付け加えない」程度には,鑑定人の使命に忠実であったはずである.著者のこのような開き直りが,司法関係者の怒りを加速させる結果にならないことを祈念している.

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