必要とされる検査

はじめに 

 大学附属病院の医員であった時期の経験である.某新聞の地方版に,「精神鑑定の結果も被告に不利」という見出しの記事が掲載された.報道の趣旨は,飲酒試験の結果が単純酩酊と判定されたので,責任能力が軽減される可能性はないという内容であった.

 岡山県の地方都市で発生した酩酊犯罪に関する報道である.被鑑定人は,大学附属病院の精神科病棟に鑑定留置された.鑑定人は先輩の精神科医であり,病棟の保護室内で飲酒試験が実施された.当時の著者は,「実際の犯行状況とはかけ離れた環境で実施される飲酒試験が,酩酊の程度に関する正確な情報をもたらすのか」という懐疑を抱いた.

 新聞報道を参照すれば,このような飲酒試験の結果が,被鑑定人の責任能力の判定に決定的影響を及ぼすと考えられている.精神鑑定時に実施される検査の妥当性と信頼性に対する著者の疑問は,現在に至るまで解消されることなく持続している.

 著者が感じている疑念は,検査結果に規定されて偽性陽性と偽性陰性の誤診が出現する危険性である.このような視点から,本稿では精神鑑定時に実施される検査の意義を,主として批判的な立場から分析する. 

鑑定時に実施される検査 

 刑事精神鑑定に際しては,被鑑定人の身体的,神経学的,精神的現在症を正確に把握する必要がある.最も本質的な方法は,それぞれ内科的理学所見,神経学的検査,精神医学的面接所見であるが,補助的な手段として多彩な検査が実施されている.

検査の価値は,精神障害の性状に応じて変化する.外因性精神障害では,検査結果が最も重要な意義を有している.特に器質性精神障害では脳波検査と画像診断,症候性精神障害では身体検査の価値が増加する.内因性精神障害では,検査による異常所見の検出が期待できない.心因性精神障害と人格障害では人格検査が有意義であり,知的障害では知能検査の施行が不可欠である.

 身体検査には,一般検尿,末梢血液像,血清学的検査,血清梅毒反応,心電図などが含まれる.著者は,これらの諸検査をルーチンには実施していない.身体検査に関する明確な基準は確立していない.現状では,個々の事例の臨床特徴に応じて,必要な検査を適宜選択して実施する以外の方法はない.

 多数の検査を実施すれば,それに連動して情報の量は確実に増加するが,そのことの結果が鑑定の質を改善するかどうかは疑問である.被鑑定人に対する身体的侵襲の増加を無視すべきではない.鑑定人に対しては,コストパフォーマンスの問題をも含めた,常識的な判断が求められている.

 神経学的検査の主体は,脳波検査と画像診断である.近年,画像診断の技法は急速に進歩し,画期的所見が容易に入手できるが,これらの検査結果には常に偽性陽性と偽性陰性の問題が付随する.脳脊髄液検査は,被鑑定人の身体的苦痛が大きいので,最近では実施される頻度が減少している.

 主要な心理検査は人格検査と知能検査であり,前者は質問紙法と投影法に属する多様な検査を含んでいる.鑑定人が嘱託された任務は,身体ではなく心理状態の鑑定である.このような意味から,著者は身体検査よりも心理検査の価値を重要視している.

 主要な目的が現在症の解明ではなく,犯行時の酩酊状況の再現であるという意味で,酩酊犯罪における飲酒検査は,通常の検査とは明らかに異質である.このような特殊性に基づいて,妥当性と信頼性に関する詳細な検討が不可欠となる.

 被鑑定人が,必要な検査の施行を拒否することがある.真に不可欠な検査は,強制的に実施することも不可能ではない.通常は捜査初期に実施されるが,覚醒剤中毒が疑われる事例では,尿中覚醒剤の検出が決定的に重要な検査である.被疑者が尿の提出に応じない場合には,裁判官の許可を得た上で強制的に採尿できるからである.鑑定人も,類似の過程で検査を強制できるが,あくまでも例外的手段と考慮すべきである.著者は,刑事精神鑑定時の検査であっても,被鑑定人の同意を得て実施することを原則としている. 

脳波検査の功罪 

 著者が専攻する分野は臨床てんかん学である.そのために,てんかんが疑われる事例の精神鑑定も稀ではない.この種の鑑定に際しては,脳波検査の実施が必須であると考えているが,検査結果はあくまでも補助的資料に過ぎない.著者は,脳波検査の結果に依拠して,てんかんと診断することはない.

著者の経験では,脳波検査の結果を過度に重視することが,てんかんの誤診の原因であることも稀ではない.脳波検査の価値は適切な臨床的解釈に規定されるが,実際には不適切に判定されている記録を目にすることが多い.最も重要な意義を有しているのは,脳波所見を判定する医師の資質である.

 現在の医学においては,臨床検査が極めて有力な診断的価値を有している.検査が有意義であるための条件は,妥当性と信頼性が高度に維持されていることである.価値ある検査は,偽性陽性および偽性陰性の誤診の頻度を最大限に減少させる.てんかん診断に際しての脳波検査は,妥当性と信頼性のいずれもが維持されていないという理由で,例外的に価値の乏しい検査である.

 脳波所見は,持続性異常(基礎律動)および突発性異常(発作発射)に基づいて判定される.前者の異常は,基底における器質障害の存在を示唆する所見である.てんかんの診断とは無関係であるが,非特異性な徐波を根拠として,てんかんと診断されていることも稀ではない.後者の異常のみがてんかんの診断を支持する所見であるが,診断に寄与しない多数のてんかん「様」異常波の存在が十分には認識されていない.

 脳波所見が誤認される結果,2種類の誤診の危険性が発現する.脳波異常を伴う非てんかん患者と脳波異常を伴わないてんかん患者である.すなわち,一方では非てんかん患者に発作性異常波が出現することがあり,他方ではてんかん患者の発作性異常波の出現率が予想外に低いからである.

 多数の研究が,健常者脳波における発作性異常波の出現率を検討している.著者は,多数文献の報告値を参照し,約5の健常者に発作性異常波が出現すると考えている.このような事実を考慮すれば,脳波に発作性異常波が検出されても,直ちにてんかんの診断に結びつかないことは明らかである.

 てんかん診断に決定的意義を発揮するのは発作時脳波であるが,一般的に記録されているのは発作間歇期脳波である.間歇期脳波の異常波出現率は,診断が確定したてんかん患者を対象としても高くはない.反復検査を施行すれば異常波出現率は増加する.初回検査の異常波出現率は29であったが,7回の反復検査を実施した結果,59のてんかん患者が脳波異常を呈したという報告があるが,通常の鑑定時に実施されているのは,単回の発作間歇期脳波に過ぎない.さらに,15のてんかん患者は,常に正常所見しか示さないという指摘がある.このような事実を考慮すれば,脳波に発作性異常波が観察されなかったとしても,直ちにてんかんの診断が否定できないことも明らかである.

 現在の臨床脳波学に内在するこのような制約に基づいて,著者は精神鑑定における脳波所見の価値を過度に重視することに,強い危機感を抱いている.

飲酒試験の再現性 

酩酊犯罪の精神鑑定では,飲酒試験を実施することが常識であろうが,最近の著者は原則として飲酒検査を実施していない.最近では,そのような原則を承知した上で,酩酊犯罪の鑑定を命じられるようになった.そのために,著者が飲酒試験の意義を否定的に考えている理由を解説する.

 著者も,酩酊犯罪の精神鑑定で飲酒試験を実施した経験を有しているが,有用な情報が得られる以上に,大きな悪影響がもたらされるという印象を受けた.このことは,最近の著者にとっての確信となっている.最大の問題は,鑑定時に犯行時と同質の飲酒状況を再現することの困難性である.

 飲酒の影響には個体間の相違があるが,個体内の差違も無視できない.単純酩酊と複雑酩酊の相違は定量的なものである.犯行時に複雑酩酊を呈していた被鑑定人の飲酒試験を実施しても,飲酒量が少量であれば単純酩酊しか出現せず,その逆もまた真である.

 さらに,飲酒がもたらす個体の反応は,絶対的な飲酒量のみが規定するのではない.身体的,心理的,社会的影響の相違による錯綜した影響が避けられない.すなわち,過労や心労が重なった状態と心身ともに快適な状態では,同じ量を飲酒しても異なる反応が出現するが,このような条件を含めて,飲酒試験の施行時に,犯行時と同じ状況を再現することは不可能である.

 酩酊犯罪による大多数の被鑑定人は,犯行時には連日の飲酒を継続し,栄養状態もしばしば不良であるが,鑑定時には勾留のために自動的に断酒を強制され,栄養状態は著しく改善している.このような被鑑定人の飲酒試験を施行しても,身体的条件が完全に相違しているので,犯行時の状況を再現させることは不可能に近い.

そのような状況でも,飲酒試験を施行すれば何らかの酩酊状態が出現する.そして,酩酊状態の診断結果には,権威ある鑑定所見として確固たる地位が与えられ,責任能力の判定に顕著な影響を及ぼすが,飲酒試験を実施した鑑定人を含め,このような状況で観察された酩酊状態が,犯行時と同質のものであるかどうかの検証は極めて困難である.

 このような事実を考慮すれば,飲酒試験を実施した結果が,事実と異なる鑑定結果の原因になる可能性が否定できない.このような理由に基づいて,最近の著者は飲酒試験を実施していない.犯行当時の状況を詳細に分析し,詳細な精神医学的考察を加える方が,正確な診断をもたらすと確信している.

 飲酒試験の価値を過大評価することは,単に司法官のみではなく,司法鑑定の経験に乏しい精神科医にも共通する通弊である.酩酊犯罪の鑑定では,しばしば弁護人が「飲酒検査の施行を希望する」という条件を付け加えるが,飲酒試験を施行すれば,犯行時の酩酊状態が正確に診断できると楽観している精神科医も存在する.

著者は,酩酊犯罪の鑑定書で飲酒試験を実施しない理由を詳細に説明している.幸いなことに,飲酒試験を施行しなかったという理由で,証人喚問の法定において批判された経験はない.著者としては,飲酒試験の問題点に関する上述したような見解が,司法官にも理解されたためと予想している.

著者は,現在でも飲酒試験を行っている鑑定人を批判するつもりはないが,飲酒試験の結果の解釈に際して,犯行時の酩酊状況との同質性に関する分析の不可欠性を指摘しておきたい.そのような検討が欠如している鑑定書は,不毛の結果しかもたらさない. 

心理検査 

 従来の著者は,臨床心理の専門家に投影法による人格検査と複雑な知能検査を依頼していた.最近の著者は,すべての心理検査を著者自身が実施している.検査内容は簡略化したが,そのことが鑑定の質の低下を招いたとは考えていない.

 投影法による人格検査の結果を正しく解釈するには,臨床心理の専門家による解析が不可欠であるが,そのようなレポートの内容を明確に理解することは,精神科医である著者にも必ずしも容易ではなく,司法官には一層難解であろうと予想されたために,特殊な事例の鑑定以外では割愛している.

 精神科医である著者が施行できる人格検査は,主として質問紙法による心理検査に限定されている.著者が実際に採用している検査は,CMI健康調査表,GHQ精神的健康調査票,YG性格検査,MMPIなどであり,鑑定書には検査結果に関する詳細な説明を記載しているが,投影法と比較すれば司法官にも理解しやすい内容となっている.

 心理検査に対する被鑑定人の反応態度が観察できることも,鑑定人自身が検査を実施することの利点である.設問内容に用いられている漢字が読めない被鑑定人であれば,概略的な知的水準をほぼ正確に推測できる.歪曲反応の出現も,直接的に感じ取ることが可能になる.現在の著者は,鑑定人自身が心理検査を遂行することには,予想を大幅に上回る長所があったと考えている.

 司法精神鑑定の知能検査に求められる条件は,被鑑定人の知的水準が,正常,境界,異常(知的障害ないし痴呆)のいずれに属するかを正確に判定することである.そして,被鑑定人の知能が低下している場合には,詳細な知能指数の決定が求められるが,正常であることが判明すれば,それ以上に詳細な知能指数の決定は不必要である.

 このような意味から,60以下の知能指数が判定不能となるWAISは使用しにくく,複雑な知能試験としては,Binet法の方が有意義である.最近の著者は,しばしばKohs立方体組合せ検査を採用している.何よりも簡便であり,検査に要する時間も短縮する. 

おわりに 

「脳波検査が異常であり,てんかんと診断できるが,健常者の5%もこのような所見を呈することを付記する」,「脳波検査が正常であり,てんかんの診断は否定できるが,15%のてんかん患者の脳波所見は常に正常であることを付記する」と記載された鑑定主文が提出されれば,裁判官が公正な判決をくだすことは不可能である.

多くの鑑定書は,上述の付記を省略した鑑定主文を裁判官に提示している.結論は断定的であり,裁判官は安心して判決に達することができるが,鑑定結果が誤った判断の原因になっていることはいうまでもない.本稿で著者が指摘した,偽性陽性および偽性陰性の誤信とは,このような内容のものである.同質の問題が,画像診断にも付随することを忘れてはならない.

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